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2011年07月23日

電車を忘れる

会社というものを電車に例えてみると、程度の低い会社では電車の中で走ってるような人物が評価される。
もっと酷い会社はその電車が動いてない。
さらに酷い会社ではその電車を社員が降りて押してる。
さらに酷い会社では社員に体力がなくて全然押せてない。もっとしっかり押せとか車内で走ってるバカに怒られる。
さらに酷い会社では社員の大半がなにを押してるかわからずただ押してる。
さらに酷い会社では新入社員が仕事は自分でつくれなどと日頃から言われているものだから「あえて逆に引いてみてはどうでしょうか?」と口先だけの提案をする。上司とて事情を把握しているわけではなく、物わかりのよい上司を演じることのみに執心しているので提案を受け入れる。
単調な労働を嫌いクリエイティブな仕事をしたがる者達が引いて押して押して引くなどリズムを取るという勝手をやりだすことにより形骸化が加速し、作業が完全に空虚な動作と化す。
実務や能率の足かせが取れた動作はおのずと芸術性を帯び始める。動きの中にスタイリッシュさを追求する者とユニークさを追求する者が現れ流派ができてしまうが、深刻な亀裂には至らず互いの良さを理解して統合することにより、より太い脈々たる一本の本流となりハイレベルな踊りに昇華することとなる。
「押してダメなら引いてみなよ、引いてもダメならそれは押し引きするような性質のものではないからそっとしておこう、なにか柔らかなもので包んでおこうよ、たとえばそれはボクらの真心さー」という歌もうまれる。
次第に見物人も増えて「右端の人が素敵」「左から五番目の人の子供が欲しい、結婚はしなくていいから遺伝子が欲しいレベル」などとうっとりする婦女子も現れ、手応えを感じたメンバーがショービジネスを展開してみてはどうかと提案する。頭数が多いので取り分が少なくなる上、芸能事務所に所属すると搾取されてしまうのでマネージメントなど含めて自分たちでやるほうがいいだろうということになり先々まで見据えて法人化する運びとなる。
なぜかいつも壊れた電車のそばで練習しているのでブロークントレインという社名にしてはどうかという案が持ち上がるが、それではまるでダメな会社のメタファーみたいじゃないか、と却下される。

投稿者 Fushida : 01:52